西郷隆盛は写真嫌い!?残ってるのは肖像画のみ!

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薩摩藩(鹿児島県)の藩士である西郷隆盛

薩長同盟を成立させ、王政復古(幕府の政権を朝廷に返上する大政奉還を成し遂げた幕末の偉人です。

西郷隆盛と聞いて思い浮かぶのは教科書にも載ってるこちらの画像ではないでしょうか?

 

西郷隆盛の版画 写真ではない
西郷隆盛の版画 出典:Wikipedia

この画像、実は写真ではありません!
『エドアルド・キヨッソーネ』というイタリアの画家が描いたものなんです。
しかもそれは、実際に西郷隆盛に会って描いたわけではなく、西郷隆盛の親戚を参考にして想像で描いています。(めちゃくちゃ上手い!)

 

幕末から明治を生きた西郷隆盛。

実は西郷隆盛の写真は一枚も残っていません!

 

幕末頃からカメラが輸入され始めました。
『瞬時に絵を描ける凄いもの』として、カメラに対する人々の関心は強いものでした。
西郷隆盛と同時代に生きた偉人である、坂本龍馬や勝海舟、大隈重信に板垣退助など、、、。
多くの偉人の写真が残っているのになぜ、西郷隆盛の写真は残っていないのでしょうか?

 


なぜ、西郷隆盛の写真が残っていないのか?

 

当時の日本の背景

当時の日本は、
『討幕派』(幕府を倒すぞ!)や『佐幕派』(徳川幕府を守るぞ!)
『開国派』や『鎖国派』と、日本のこれからあるべき姿の考え方が入り乱れていました。

吉田東洋暗殺事件桜田門外の変のように、暗殺事件も珍しいものではなかった時代です。

 

しかし、現代のようにテレビもスマホもない時代です。
どれだけ手馴れた暗殺者でも、ターゲットの顔を知らないから暗殺を実行できない!なんてことも多々あったと思われます。

 

 

西郷隆盛の写真が残っていない理由(憶測)

西郷隆盛は、暗殺を避けるために写真を残さなかった いわれています

もしくは、撮ってはいたが暗殺事件が頻繁に起こるようになって処分したか。

事実、西郷隆盛も討幕派で、佐幕派から命を狙われていた時期もありました。

 

それを思うと納得します。
あなたがとても有名人で、なぜか周囲に命を狙われているとしたら、、、。
わざわざ、顔と名前を一致させるような情報を残さないですよね。

西郷隆盛は影響力の強い超重要人物でした。
もしかしたら、西郷隆盛自身は写真大好きだったのに周囲から反対され大好きな写真を撮れなかった、、、。という可能性もありますね。(かわいそう…)

 

 

おまけ

1898年に完成した東京上野公園にある『西郷隆盛像』も、写真のない西郷隆盛に似せて西郷の知人の証言や先のキヨッソーネの版画をもとに作成されました。

上野公園『西郷隆盛像』 出典:Wikipedia

完成した西郷隆盛像を見た西郷隆盛を知る人の感想は
「顔が少し緊張してるし、少し太りすぎ」
「唇が少し表現しきれていない」
「西郷隆盛は浴衣なんかで出歩く人じゃない」

との声があったそうです。(参照:Wikipedia)




現代ではスマホが普及し、毎日でも写真を撮ります。

それどころか撮った写真をSNSや動画でアップすることで、どれだけ無名の一般人でもサーバーが存在する限り後世までその表情・容姿を残すことができます。

便利な世の中になりましたが、著作権違反やフォロワー欲しさの過度な写真等増えてきてます。
くれぐれも使い方を間違わず、後世に恥じない投稿をしていきたいですね。

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